今回は、90歳の母からの依頼です。
大好きな叔母さんが、7歳の七五三用に買ってくれた帯揚げ。 昭和6年生まれなので昭和12年くらいでしょうか。 日中戦争のさなかですね。 母は東京在住だったので、その後東京大空襲も経験しています。 幾多の戦火をくぐり抜け、大切に大切にしてきた帯揚げ。
そんな大事なものを、こともあろうに水洗いして台無しにしていまいました。 白地に赤い絞り入りだったのですが、水で赤が滲んでしまったのです。 しかもごわごわ。 「襟巻きにでもしようと思って洗ってみたのよ。染められるかしら?」
染めました。(染屋さんが) 紫が好きな母の為に茄子紺を選びました。
左の色が染上りに近いです。 私の写真では伝わらないかもしれませんが、綺麗な茄子紺なんです。 ほんまにええ色なんです。 どうしたら濃い紫を綺麗にお伝えできるようになるのか。 右は質感がわかるように明るく撮影しました。
縮んで絞りもなくなってしまったのですが、丁寧にアイロンとスチームで幅を揃えてかろうじて絞も復活。 83年物とは思えないふんわりと柔らかな風合いに仕上がりました。
早速母に納品すると、美しく蘇った思い出の品を、壊れ物でも扱うかのように大切に両手に抱え、感極まった様子で何度も何度もその手触りをたしかめていました。 襟巻きに使おうとしていたはずですが、水洗いでダメにして捨てるしかないかと一度は諦めたものが、想像をはるかに超えた出来栄えで戻ってきた。 「もったいなくて使えないわ。大事にしまっておくわ」 と申しております。 しかし、ここで痛恨のミスを告白します。 染める前の写真を撮ってませんでした。 83年の思い出の詰まった染替え前が消滅。 90歳という節目なので、ここはひとつ苦労だらけの過去は消し去って、新しい人生を歩めという事でしょう。 生まれ変わった帯揚げと共に、いつまでも長生きしてもらわないと。